今年もブログが繋がり、なんとか!?

さて、今年もあと4日を残すのみとなりましたが、お元気にお過ごしでしょうか。

共同山小屋製作集団である我らが『松原湖少年探偵団』の現地忘年会が今年も、松原湖湖畔の宿、リゾート・イン立花屋 さんで開催され、17名の団員と家族がうちそろいました。

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貸し切りの旅館となり、飲める人は飲み、歌いたい人は歌うといういつもの忘年会天国ですが、団員の高齢化などの理由もあり、療養中の団員が発生したり、今期で脱退する団員の申告があったりと、イケイケ・ゴーゴーの時代は過ぎ、小屋のメンテナンス同様に、団員のケアも必要な時を迎えています。

今回も当日朝に東京を出て、昼過ぎにスキー場に着き辺りを散策しました。そしてロッジで軽い宴会後、下山し、17時半から湖畔で忘年会に突入したのですが、今回は、なんとこの小海町出身の映画監督、新海誠氏の大ヒットアニメ『君の名は』展が近くの美術館で開催されているため、こちらへも顔を出しました。

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いうまでもなく今年一番の話題作ですが、この映画にはこの小海町のイメージや香りが感じられ、この日の高原美術館は交通整理するほどの盛況で、40年通っている小海町ですが、これは小海町始まって以来の注目度だと思います。

という事で、12月は郵便局のアルバイト、サッカー試合、松原湖現地忘年会、そしてここに来て家族の上京という事で、てんてこ舞いの忙しさした。ここ数日はちょっと一段落しましたが、今日は、これから横浜実家に生活支援にも行ってまいります。ぜいぜい。

今年も皆さまにはお世話になりました。お陰様で、このブログもなんとか月一の更新を確保して、来年は12年目を迎える事になります。しみじみ。ちょっと早いですが良い年をお迎えください。

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そろそろ年末モード

寒くなってきましたが、いかがお過ごしですか。月1のブログを更新させていただきます。

あと二日経てば12月になりますが、既に、早めの忘年会が二回ありました。一つは在職時代に知り合った出版4社の担当との忘年会です。某海外キャラクター・ライセンスに関わったのが縁となり、既に20年以上の歴史があります。参加の5名のうち2名がもう定年で退職しているのですが、今も続いている面白い会です。

そしてもう一つは在職していた会社の山岳同好会の泊まり納会です。こちらも先ほどの定例忘年会と同様に20年以上続いている忘年会で、山小屋に泊まり納会となってからは6年目となります。そして場所はいつもの奥多摩の日出山、東雲山荘であります。

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山行は11月19-20日でしたが、山では雨が上がったばかりで、紅葉の時期とぶつかり、素晴らしい時を過ごすことが出来ました。

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今回は事前に最後の納会かも知れないとの予告で、9名の参加がありましたが、今回をもって山岳同好会を正式に解散する事を決定しました。この会は以前は一般山行などもあり、年4-5回は活動していたのですが、ここ数年、納会登山だけする集団となっていました。

年一の山行が納会登山というのもいかがなものかという反省と、会員の高齢化により、泊まり事前準備( 予約、食料・飲料の手分け連絡、運搬)も大変になり、実際に人員の確保が難しくなった事が原因です。私も一時期は、会の世話人として山行計画を組んだり、忘年納会登山を企画したり、積極的に活動していた事もありました。ここまで続けてきたので、とても寂しい気分ですが、定年して5年目を迎え、良い節目かなとも感じています。

今回、新宿駅の朝集合時間に遅れたので、結局、一人で山に入りみんなを追いかけたのですが、しみじみと単独行の山はいいななぁーと思いました。退職後、山の道具を新しくしているので、年明けに一人山行を復活させるかも知れません。

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山逃げず 人は去るのみ 秋の暮れ

という事で、霧に暮れていく山の姿も心に残る納会となりました。酒飲んでるばかりじゃないよ。そうそう、明日から年末の郵便局アルバイトです。ちょっとした社会復帰で部費や飲み代を稼ぐつもりです。ではでは、またね。

 

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秋、不可視?

という事で、10月もあと残すところ2日間です。寒くなってきました。

さて、この秋も家内安全を祈願して西新井大師へ参拝。初めてここを訪れたのは、42歳男の厄年でしたが、それから20年以上、毎年欠かしたことはありません。継続性のない私としては珍しいことですが、今年も祈願を申し込んだところ、護摩札が、いつもは3000円のところ、なんと5000円へと価格改定されておりました。なかなかの値上がりぶりでしたが、眉一つ動かさずお支払いを済ませ、本堂に参拝させていただきました。( ちょっと嘘が入っていますが、大体は本当です。)

この参拝、僧侶たちが護摩壇で行う祈祷を見守りつつ、本堂の畳で座っている時間は一年の中でもちょっと貴重な時間に思えてくる歳になりました。( ちょっと嘘が入っていますが、大体は本当です。)

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さて、参拝も無事済ませたので、秋の音楽映画月間、ジェームス・ブラウン、ジャニス・ジョプリンに続き、最後はビートルズ記録映画『EIGHT DAYS A WEEK』です。今年は、ビートルズの最初で最後の来日公演から50年目にあたる年ですが、当時、中学3年生だった私が武道館ライブに行けるわけはなく、その後の人生、心残りな事の一つになっていました。しかし、なんと、このドキュメンタリー映画の最後には、1965年8月、ニューヨークのシェイ・スタジアムでのライブ映像30分が、本編109分におまけしてあり、1966年7月の日本公演を見逃した気持ちをかなり払拭する事ができました。よかった、よかった!!

この気持ち、大阪赴任時代の2010年、立ち見から30メートル先、生のボブ・ディランをZepp大阪で目撃したのに匹敵するくらいです。いずれにしろ、冥土の土産クラスです。cimg5979

さて映画続きで恐縮ですが、空前の大ヒットを飛ばしているアニメ 『君の名は』 も鑑賞してしまいました。あららっ。

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なぜ若者向けの映画を見に行ったかといえば、この映画監督 新海誠氏とは、浅からぬ縁があるからです。と勿体をつけますが、新海誠氏が、私たちが山小屋建設でもう40年以上通っている長野県南佐久郡小海町の出身だからであります。彼は43歳という事なので、ほぼ同じ年代の一部を小海町で共有していた事になりますし、山小屋を建設しているこの40年の間に、父親の経営している建設会社、傍系の建材会社などにもお世話になっているという事情もあります。さらに、この映画の一場面に出てくる旅館の様子も、こちらが懇意にしている小海町、松原湖湖畔に建つ現地の旅館に似ていたりして、縁を感じています。そうそう、この映画は10代の恋愛感情も一つのテーマとなっています。

二本の映画、<ビートルズ記録映画『EIGHT DAYS A WEEK』>、<君の名は>、ではもう過ぎ去ってしまった10代の記憶が甦り、今年の秋の文化祭活動はちょっと感傷モードで終了します。ではでは、またね!!

10代の 君の名問えば 秋不可視

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さて、音楽映画祭りが始まっています

先月のジェームス・ブラウンに続き、今度は、自分史上最高の女性ロック・ブルース・シンガーであるジャニス・ジョプリンの記録映画です。

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雨の中、渋谷・宮益坂を上がり、映画館イメージ・フォーラムで『リトル・ガール・ブルー』を鑑賞。館内はオヤジ、オババがわんさか、そしてちよっと若い人も居て、結構な混雑。整理券は3番目で、前の方の中央席を確保。

この映画では、寂しがり屋なのに孤高にも思えるジャニスの人柄を解明すべく、家族への手紙、家族、友人たちの言葉、思い出がふんだんに紹介される内容。そのお陰で、三人兄弟で家族思いの長女ジャニスの素顔を初めて知る。死に至る数年間、音楽的に評価はガンガン高まり、ブレイクにつぐブレイクであちこちをコンサート・ツァー。そんな中で、望郷の念、故郷での失望、クスリと酒の日々、そんな生活から立ち直らせようという良いボーイ・フレンドも居たみたいなのに、結局、ああいう生き方しか出来なかったんだ!!! 享年 27歳。1970年10月4日、アルバム録音のため滞在していたハリウッドのホテルで、純度の高いヘロインを打って死んでいるのを発見される。ベットの側には、買ってきたばかりのマルボロ1箱と釣銭 4ドル50セント。
今日は9月30日、10月4日の命日はすぐやって来るし、没後では46年か!?  ジャニスが亡くなった年、オヤジは19歳の予備校生だったはず。ジャニスの生きた同じ時代の空気を吸っていた事になるけど、それは幸せなのか、また別のものなのか、よくわからない。しぼり出すようなジャニスの歌声を聞くと、目標を見失っていた自分の過去が、よろよろと立ち上がり、そして慰められて、そっと消えていった様な気がします。この歳になって、やっと言える。精一杯、自分を追いかけて生きたジャニス、カッコ良かったよ! ありがとう!!

ジャニス追悼のビールを渋谷で。以前紹介した東急本店前の蕎麦屋、嵯峨谷です。なんとサントリーの生が、このサイズで150円。勿論、蕎麦の注文はマストですが、サワーより安い生ビールは素敵、素敵、素敵です。

生き急ぐ ジャニスの面影 昼ビール

ではでは、次はビートルズ映画の予定です。

 

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夏の思い出っすか?

という事で、今年の夏も終わりを告げ、明日からは9月となります。なんとか月一の更新を続けています。記事がないわけではありませんが、多忙といえば多忙、怠惰といえば怠惰( おいおい、どっちなんだ? ) という日々が続いています。

ある程度いい歳になったら、例えば、近所に行きつけの寿司屋や蕎麦屋があって、夕方からちょっと一杯ひっかけて、近所の噂話をして帰るなんて事を妄想していたわけですが、まだ、そこまで枯れた心境でもないし、遠出も出来るし、いきなり行きつけが出来るわけでもないので、相変わらず蕎麦をちょっと食べたいときは、神田のまつや まで出かけるし、寿司屋は渋谷か神田の立ち食い寿司チェーンの魚河岸寿司一番だったりします。

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して、うなぎで一杯 といえばここです。自由が丘の ほさかや です。昼はうなぎ丼やうな重を食べさせてくれますが、中休みして夕方16:30からは飲み中心の営業で、ご飯ものはなくなります。うなぎは串にして食べさせてくれますが、種類はからくり焼、白焼、肝焼き、ひれ焼き、の4種類のみとなります。

さて夕方開店の16:30になると突然、中高年の達人たちが、一人、二人と続々と集まってきて、ほぼ17:00には満席となります。使い込まれたコの字型のカウンターは15席ぐらで、テーブル席はありません。試合は、キリンの小瓶で開始して、からくり焼き(タレで焼いた うなぎ串)を2本、肝焼きを1本、それから焼酎のロック( 今を時めく、金宮の焼酎は何十年も前からだから凄い! ) に代えて、さらに白焼を2本追加。常連が店の人とかわす噂話をふんふんと聞きながら、ほろ酔いになるじゃありませんか。締めて勘定は2700円くらい、これがこの夏の思い出の一つでやんす。

夏盛り うなぎ串待つ 手酌かな

さて来月は突然ですが、音楽映画月間となります。ジャニス・ジョプリン、ビートルズ、それぞれ新作のドキュメンタリー映画が公開されます。既に、今月、ファンクの帝王ジェームス・ブラウンの新作ドキュメンタリー映画を渋谷アップリンクまで見に行きましたが、まあ、凄い歌手でした。忌野清志郎がまねた、ステージ・パフォーマンスの本物をやっと確認出来て、大満足でした。CIMG5867

 

 

 

 

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梅雨明けて、、、

本格的な夏が到来しましたが、いかがお過ごしですか。

本日は都知事選挙日であります。これから近くの中学校へ、投票に行くつもりですが、得票予想上位の候補3名はそれぞれに納得できない事があり、第4の候補へ投票予定です。任期途中の都知事選挙、この無駄とも思える任期終了前の都知事選挙は、その費用なんと50億円! それなら舛添前知事を無償で任期満了まで働かせた方が良かったのではないかと思う、今日この頃であります。

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さて、先週は横浜の実家へ出向き、今月二度目の生活支援を実施しました。思えば、東京の中学を卒業すると同時に、社宅だった大田区の集合住宅から横浜の一軒家へ引っ越する事になりました。それで横浜から都内の高校へ一時間半掛けて通学していたのですが、もう50年前の事になります。それ以来、横浜が実家という事になりました。

当日は、とても暑かったので、当然、帰り道は、酒屋の角打ち『浅見本店』へ立ち寄る事になります。カウンターには先客2名、店内のテレビでは天皇の生前退位についての報道番組が流れています。それではと、先客2名の間のカウンター中央に立ち位置を決めて、試合開始。ビール小瓶にカップ入りピクルスwを合わせ、そして純米1合( 秩父錦)の冷やに移り、かつおの刺身カップ入りw、そして口直しにはのりピー煎餅1袋をぽりぽり。これで約850円ですが、素晴らしい時を過しました。

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さてこの画像は横浜市の中心部を流れ、横浜港に流れ込む大岡川です。当日は浅見本店を出て、ぷらぷらと日ノ出町まで歩きましたが、帰路につく途中で撮影しました。昔々、この大岡川が港に流れ込む桜木町辺り、その水路際にあった事業所に、社会人となって配属されました。思い出多い横浜、野毛、桜木町一帯であります。

立ち飲みや 川面の想い 梅雨晴れ間

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今日はビートルズ公演初日!

今日は、ビートルズが来日公演をして、ちょうど50年、3日間の公演初日に当たる日です。今月はテレビをチェックしては、50周年記念番組、NHKなどの特集映像を見て、今さらながらため息をつく日々でした。

番組では、湯川れい子、星加ルミ子の二人のライバル、ヒルトンホテル取材話、初代マネージャーのブライアン・エプステインの不器用な人生、情熱と孤独、さらにビートルズ曲の新たな発見(グラス・オニオンの歌詞、ヘイ・ブルドックの歌詞) やはりレノンの詩は凄っ!と再認識したり。当時、中三で15歳だった私は、ポールの似顔絵を描いたり、ミーハー的に学生服の詰襟を裏返しにして、ビートルズのスーツに似せ、ほうきでビートルズ演奏をしたりしてました。恥っ。

自分の意識の奥底にはビートルズの出来事が隠れていると勝手に思っていますが、当時、中高校生には禁止されていた来日公演を一級下の生徒副会長だった背の高い女子が見に行ったと噂になった時は、ちょっとショックでした。

その後の人生、もう過ぎ去ってしまった A Hard Day’s Night を思いながら。

誰何する 疲労な夜に ビートルズ

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