秋、不可視?

という事で、10月もあと残すところ2日間です。寒くなってきました。

さて、この秋も家内安全を祈願して西新井大師へ参拝。初めてここを訪れたのは、42歳男の厄年でしたが、それから20年以上、毎年欠かしたことはありません。継続性のない私としては珍しいことですが、今年も祈願を申し込んだところ、護摩札が、いつもは3000円のところ、なんと5000円へと価格改定されておりました。なかなかの値上がりぶりでしたが、眉一つ動かさずお支払いを済ませ、本堂に参拝させていただきました。( ちょっと嘘が入っていますが、大体は本当です。)

この参拝、僧侶たちが護摩壇で行う祈祷を見守りつつ、本堂の畳で座っている時間は一年の中でもちょっと貴重な時間に思えてくる歳になりました。( ちょっと嘘が入っていますが、大体は本当です。)

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さて、参拝も無事済ませたので、秋の音楽映画月間、ジェームス・ブラウン、ジャニス・ジョプリンに続き、最後はビートルズ記録映画『EIGHT DAYS A WEEK』です。今年は、ビートルズの最初で最後の来日公演から50年目にあたる年ですが、当時、中学3年生だった私が武道館ライブに行けるわけはなく、その後の人生、心残りな事の一つになっていました。しかし、なんと、このドキュメンタリー映画の最後には、1965年8月、ニューヨークのシェイ・スタジアムでのライブ映像30分が、本編109分におまけしてあり、1966年7月の日本公演を見逃した気持ちをかなり払拭する事ができました。よかった、よかった!!

この気持ち、大阪赴任時代の2010年、立ち見から30メートル先、生のボブ・ディランをZepp大阪で目撃したのに匹敵するくらいです。いずれにしろ、冥土の土産クラスです。cimg5979

さて映画続きで恐縮ですが、空前の大ヒットを飛ばしているアニメ 『君の名は』 も鑑賞してしまいました。あららっ。

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なぜ若者向けの映画を見に行ったかといえば、この映画監督 新海誠氏とは、浅からぬ縁があるからです。と勿体をつけますが、新海誠氏が、私たちが山小屋建設でもう40年以上通っている長野県南佐久郡小海町の出身だからであります。彼は43歳という事なので、ほぼ同じ年代の一部を小海町で共有していた事になりますし、山小屋を建設しているこの40年の間に、父親の経営している建設会社、傍系の建材会社などにもお世話になっているという事情もあります。さらに、この映画の一場面に出てくる旅館の様子も、こちらが懇意にしている小海町、松原湖湖畔に建つ現地の旅館に似ていたりして、縁を感じています。そうそう、この映画は10代の恋愛感情も一つのテーマとなっています。

二本の映画、<ビートルズ記録映画『EIGHT DAYS A WEEK』>、<君の名は>、ではもう過ぎ去ってしまった10代の記憶が甦り、今年の秋の文化祭活動はちょっと感傷モードで終了します。ではでは、またね!!

10代の 君の名問えば 秋不可視

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さて、音楽映画祭りが始まっています

先月のジェームス・ブラウンに続き、今度は、自分史上最高の女性ロック・ブルース・シンガーであるジャニス・ジョプリンの記録映画です。

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雨の中、渋谷・宮益坂を上がり、映画館イメージ・フォーラムで『リトル・ガール・ブルー』を鑑賞。館内はオヤジ、オババがわんさか、そしてちよっと若い人も居て、結構な混雑。整理券は3番目で、前の方の中央席を確保。

この映画では、寂しがり屋なのに孤高にも思えるジャニスの人柄を解明すべく、家族への手紙、家族、友人たちの言葉、思い出がふんだんに紹介される内容。そのお陰で、三人兄弟で家族思いの長女ジャニスの素顔を初めて知る。死に至る数年間、音楽的に評価はガンガン高まり、ブレイクにつぐブレイクであちこちをコンサート・ツァー。そんな中で、望郷の念、故郷での失望、クスリと酒の日々、そんな生活から立ち直らせようという良いボーイ・フレンドも居たみたいなのに、結局、ああいう生き方しか出来なかったんだ!!! 享年 27歳。1970年10月4日、アルバム録音のため滞在していたハリウッドのホテルで、純度の高いヘロインを打って死んでいるのを発見される。ベットの側には、買ってきたばかりのマルボロ1箱と釣銭 4ドル50セント。
今日は9月30日、10月4日の命日はすぐやって来るし、没後では46年か!?  ジャニスが亡くなった年、オヤジは19歳の予備校生だったはず。ジャニスの生きた同じ時代の空気を吸っていた事になるけど、それは幸せなのか、また別のものなのか、よくわからない。しぼり出すようなジャニスの歌声を聞くと、目標を見失っていた自分の過去が、よろよろと立ち上がり、そして慰められて、そっと消えていった様な気がします。この歳になって、やっと言える。精一杯、自分を追いかけて生きたジャニス、カッコ良かったよ! ありがとう!!

ジャニス追悼のビールを渋谷で。以前紹介した東急本店前の蕎麦屋、嵯峨谷です。なんとサントリーの生が、このサイズで150円。勿論、蕎麦の注文はマストですが、サワーより安い生ビールは素敵、素敵、素敵です。

生き急ぐ ジャニスの面影 昼ビール

ではでは、次はビートルズ映画の予定です。

 

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夏の思い出っすか?

という事で、今年の夏も終わりを告げ、明日からは9月となります。なんとか月一の更新を続けています。記事がないわけではありませんが、多忙といえば多忙、怠惰といえば怠惰( おいおい、どっちなんだ? ) という日々が続いています。

ある程度いい歳になったら、例えば、近所に行きつけの寿司屋や蕎麦屋があって、夕方からちょっと一杯ひっかけて、近所の噂話をして帰るなんて事を妄想していたわけですが、まだ、そこまで枯れた心境でもないし、遠出も出来るし、いきなり行きつけが出来るわけでもないので、相変わらず蕎麦をちょっと食べたいときは、神田のまつや まで出かけるし、寿司屋は渋谷か神田の立ち食い寿司チェーンの魚河岸寿司一番だったりします。

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して、うなぎで一杯 といえばここです。自由が丘の ほさかや です。昼はうなぎ丼やうな重を食べさせてくれますが、中休みして夕方16:30からは飲み中心の営業で、ご飯ものはなくなります。うなぎは串にして食べさせてくれますが、種類はからくり焼、白焼、肝焼き、ひれ焼き、の4種類のみとなります。

さて夕方開店の16:30になると突然、中高年の達人たちが、一人、二人と続々と集まってきて、ほぼ17:00には満席となります。使い込まれたコの字型のカウンターは15席ぐらで、テーブル席はありません。試合は、キリンの小瓶で開始して、からくり焼き(タレで焼いた うなぎ串)を2本、肝焼きを1本、それから焼酎のロック( 今を時めく、金宮の焼酎は何十年も前からだから凄い! ) に代えて、さらに白焼を2本追加。常連が店の人とかわす噂話をふんふんと聞きながら、ほろ酔いになるじゃありませんか。締めて勘定は2700円くらい、これがこの夏の思い出の一つでやんす。

夏盛り うなぎ串待つ 手酌かな

さて来月は突然ですが、音楽映画月間となります。ジャニス・ジョプリン、ビートルズ、それぞれ新作のドキュメンタリー映画が公開されます。既に、今月、ファンクの帝王ジェームス・ブラウンの新作ドキュメンタリー映画を渋谷アップリンクまで見に行きましたが、まあ、凄い歌手でした。忌野清志郎がまねた、ステージ・パフォーマンスの本物をやっと確認出来て、大満足でした。CIMG5867

 

 

 

 

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梅雨明けて、、、

本格的な夏が到来しましたが、いかがお過ごしですか。

本日は都知事選挙日であります。これから近くの中学校へ、投票に行くつもりですが、得票予想上位の候補3名はそれぞれに納得できない事があり、第4の候補へ投票予定です。任期途中の都知事選挙、この無駄とも思える任期終了前の都知事選挙は、その費用なんと50億円! それなら舛添前知事を無償で任期満了まで働かせた方が良かったのではないかと思う、今日この頃であります。

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さて、先週は横浜の実家へ出向き、今月二度目の生活支援を実施しました。思えば、東京の中学を卒業すると同時に、社宅だった大田区の集合住宅から横浜の一軒家へ引っ越する事になりました。それで横浜から都内の高校へ一時間半掛けて通学していたのですが、もう50年前の事になります。それ以来、横浜が実家という事になりました。

当日は、とても暑かったので、当然、帰り道は、酒屋の角打ち『浅見本店』へ立ち寄る事になります。カウンターには先客2名、店内のテレビでは天皇の生前退位についての報道番組が流れています。それではと、先客2名の間のカウンター中央に立ち位置を決めて、試合開始。ビール小瓶にカップ入りピクルスwを合わせ、そして純米1合( 秩父錦)の冷やに移り、かつおの刺身カップ入りw、そして口直しにはのりピー煎餅1袋をぽりぽり。これで約850円ですが、素晴らしい時を過しました。

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さてこの画像は横浜市の中心部を流れ、横浜港に流れ込む大岡川です。当日は浅見本店を出て、ぷらぷらと日ノ出町まで歩きましたが、帰路につく途中で撮影しました。昔々、この大岡川が港に流れ込む桜木町辺り、その水路際にあった事業所に、社会人となって配属されました。思い出多い横浜、野毛、桜木町一帯であります。

立ち飲みや 川面の想い 梅雨晴れ間

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今日はビートルズ公演初日!

今日は、ビートルズが来日公演をして、ちょうど50年、3日間の公演初日に当たる日です。今月はテレビをチェックしては、50周年記念番組、NHKなどの特集映像を見て、今さらながらため息をつく日々でした。

番組では、湯川れい子、星加ルミ子の二人のライバル、ヒルトンホテル取材話、初代マネージャーのブライアン・エプステインの不器用な人生、情熱と孤独、さらにビートルズ曲の新たな発見(グラス・オニオンの歌詞、ヘイ・ブルドックの歌詞) やはりレノンの詩は凄っ!と再認識したり。当時、中三で15歳だった私は、ポールの似顔絵を描いたり、ミーハー的に学生服の詰襟を裏返しにして、ビートルズのスーツに似せ、ほうきでビートルズ演奏をしたりしてました。恥っ。

自分の意識の奥底にはビートルズの出来事が隠れていると勝手に思っていますが、当時、中高校生には禁止されていた来日公演を一級下の生徒副会長だった背の高い女子が見に行ったと噂になった時は、ちょっとショックでした。

その後の人生、もう過ぎ去ってしまった A Hard Day’s Night を思いながら。

誰何する 疲労な夜に ビートルズ

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6月、一瞬の薫風吹く

さて、昨日の土曜日、突然夏モードに入り、都内では33度に達しました。そんな熱中症危険日の午後2時、多摩川の河川敷でシニア・サッカーの公式戦がありました。前回の試合でのポジションがGKだったので、そのつもりでのほほんと集合したら、左サイド・バックで先発予告。 ~~ 聞いてないよぉ~ ~~なのでありますが、急遽、ユニフォームを着替えて、試合のフィールドへ。勿論、GKも大変なポジションですが、走り回るという事がないのでして、気持の切り替えが、難しい老境てはあります。( 心のどこかに、今日は走らないよ~ のモード)

結局、試合は1-4で敗戦。こちら、フィールド・プレーヤーとしてのミスが多く、まったくチームに貢献出来ず、終了しました。とほほっ。こんな暑い日の試合には、前後半の真ん中にも給水タイムを取るのですが、やはり水分補給してても、脱水症状に近い感じになり、体調がすっきりしなくなりましたが、こうやって今年も危険な夏サッカーが始まりました。次回は今週末の土曜日となります。

さて試合前日は、横浜実家へ生活支援で訪問。2時間ほど雑事をこなして、撤退。サポートのご褒美として、早速、横浜橋界隈へ侵入、浅見本店へ突入しました。この店に入るには、地下鉄阪東橋駅を降りて、活気ある横浜橋商店街を約10分くらい散歩して、通り抜けてから、左方向へ行ったところにあります。

 

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店内のカウンターには先客が3名ほどしかおらず、嬉しい空き具合。それでカウンター奥の一等地を確保しました。喉が渇いていて、まず、ビールの小瓶、のりピー煎餅(袋入り)、小カップ入りまぐろ刺し⒲、で試合開始。次は、氷を頼み、焼酎コップ半分に、沖縄シーカーサーで割るという、店お勧めの飲み方にトライ。シーカーサー割りの酸っぱい飲料がゴクゴクと喉を通過していきます。そしてまだ氷が残っていたので、サントリー金麦の350缶と、小カップのマカロニ・サラダ⒲を注文。金麦を缶から氷を入れたグラスに入れ、これで仕上げました。これでお代は、なんと1400円。この浅見本店、店内は本物の昭和が残っていて、素晴らしい風情があります。この幸せを感じつつ、しかも定年後の年金生活のお財布にも優しく、頼もしい限りの酒場であります。しかも、昼酒も朝酒もあり、、、むーん、、、老後の一つの天国であることは間違いありやせん。( 浅見本店 定休日 水曜日 朝9時から夜8時まで 日曜日は夜7時まで営業)

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さて、浅見本店を出て、桜木町の野毛まで徒歩で移動します。そしてお目当ては、モダン・ジャズ喫茶の『ちぐさ』であります。オリジナルだった店は10年くらい前に閉店しましたが、常連たちが膨大な量のLPレコードを引き取り、5年前くらいに立ち上げたのが、この画像にある現『ちぐさ』です。元『ちぐさ』に最初に来たのは、多分、大学生時代だから40年くらい前。こうやって場所が変わっても、続けていてくれる常連たちの経営には感謝あるのみであります。

今日は、角打ちで立ち飲み、ジャズ喫茶で珈琲、という事で、実家の生活支援にもお楽しみが付いてくるという仕掛けに満足しつつ、まだ明るい内に、野毛町から撤収しました。ではでは、またね。そうそう、現『ちぐさ』では、レコードのリクエストを受け付けていて、私の番になったので、ソニー・クラークの「クール・ストラッチン」を掛けてもらいました。約40年前、元『ちぐさ』に入店して、初めて聴いたのが、このレコードでした。

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いつか来た ジャズ喫茶移り 夏の風

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中学卒業して49年目かぁ!?

という事で、5月も今日で最後となりましたが、いかがお過ごしですか。当ブログ、月一更新と手抜きが続いておりますが、老人はなんとか元気です。

さて、こうやって60も過ぎて歳をとって来ると、交友範囲を狭めざるを得ない状況になる事があります。それは親の介護だったり、家族や自分の体調だったり、移動のエネルギーだったり、お小遣いだったり、意識の変化だったり、理由は人それぞれです。それなのに、こちらは60歳で始めた老人サッカーのお陰もあり、新しく人に会ったり、話したりする機会が、会社員の現役時代より増えた気がします。

さて、そんな多忙な日々? ですが、さらに全く音信不通だった中学生時代の友達関係から連絡が入り、週末になんと中学同窓生の飲み会に40年ぶりくらいに出席させてもらう事になりました。キッカケは、facebook への登録でした。あるコラムニストの記事が読みたくて、本名だけの登録をしたのですが、それからfacebookから自動的に、この人、あの人が友達じゃないかというお節介なメールが次々と入りました。むーんと思っているところへ、遂に、本当に中学時代のクラスメイト本人から連絡が入ったという次第です。恐るべしfacebookであります。

実は、人生も後期に入り、中学時代の友人たちと音信不通だった事が、こちらもちょっと気になっていたところでした。それは、今から50年前、1966年6月に、あのビートルズが初来日した事にも多少関連しています。高校進学でバタつき始めた中学3年生の夏に、ビートルズがやってきました。この公演は結局、日本で最初で最後となったのですが、行けなかった代償はとても大きく、ビートルズ日本武道館ライブは、その後、自分にとって永遠の伝説となりました。来日した6月下旬は、中学校では中間テストの時期に当たり、お小遣いもないし、ビートルズのコンサートに行ける訳はなかったのですが、、、、、。そんな自分の中学時代を思い出し、何か心にずっと隙間風が吹き抜けている様な気がしていたのですが、その隙間を埋めるべく、ネットで見つけて3月に購入したのが、このTシャツであります。

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このTシャツには、当時手に入れる事ができなかった 公演チケットが、胸に印刷してあります。この印刷されたチケットを見てみると、7月2日 6:30 開演、日本武道館、南西スタンド、1階E列13番 とあります。そして画像には、武道館の八角形の天井から日章旗が釣り下がり、舞台に登場するビートルズの後ろ姿が収められておりやす。なかなか秀逸なデザインで、むーんと遠くを見つめるオヤジであります。

このTシャツを購入してから、何気なく、facebookへ登録、そして中学クラス・メイトからの接触、今週末の同窓生飲み会へ、という流れになりました。ビートルズ来日から半世紀に当たるこの飲み会、偶然なのか、必然なのか、これまた冥土への記憶土産であります。

という事で、今回は立ち飲み情報はありませんが、お許しください。

半世紀 これがチケット 夏が来る

 

 

 

 

 

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