昨日は世田谷文学館へ!

今朝は天気予報通りの雪で始まりましたが、1月14日の大雪ほどでなく13時には小止み状態であります。前回の雪がとても大変だったので、どこもかしこも過剰反応していたみたいで、こちらもセットバックしている自宅東側小窓の積雪対策をあたふたとしていましたが、ほとんど積もらず無駄となりました。

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さて今年、没後30年となる寺山修司展が世田谷文学館で始まり、昨日、芦花公園そばにある会場へ出撃しました。

寺山修司は二十歳頃から好きな作家なのですが、昨年の3月上旬、「一人定年卒業旅行」という企画をデッチ上げて、東北と北海道南部を旅したのですが、その際、青森県三沢市にある寺山修司記念館へも立ち寄りました。

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在来線の三沢駅からはタクシーで行くしかない辺鄙な場所の記念館でしたが、建物には寺山の劇団(天井桟敷)の心象が残り、入り口手前では、寒そうないでたちのペーパードール寺山修司に迎えられました。雪に埋もれた記念館に入ってみると当日の見学者はたったの3人、それで思いっ切り寺山ワールドに没入する事が出来たのでした。

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敷地の散歩道には寺山の短歌が配置してあり、寂しい東北三沢の地を余計に寂しくしているのですが、例えば

  人生はただ一問の質問に過ぎぬと書けば二月のかもめ

というような歌碑が所々に点在していました。寺山の短歌には情念が滲み出る素晴らしい作品がとても多いのですが、その中で一番ぐっと来るのは

  マッチ擦るつかのま海の霧ふかし身捨つるほどの祖国ありや

という短歌であります。勝手な解釈ですが、海峡を見下ろす場所でタバコを吸おうと思って火を点けると、あたりは霧に包まれていて自分がどこに居るかも定かではなくなり、さらに自分の存在、祖国としての日本への気持ちもあやふやとなってしまう感覚にとらわれてしまった事を詠み込んだこの短歌は見事という他ありません。

この記念館の敷地を散策していた時に、米軍の哨戒機が記念館近くに飛来してきたのですが、その光景を見て、早速、追悼して返歌にするという大胆な行動に出るのがこの身の程知らずのオヤジであります。

  米機飛ぶ三沢の空は悲しくて修司眠れば祖国とは

という事で、没後30年を迎える寺山修司にまつわる旅行話でしたが、この世田谷文学館でも短歌はこのように展示されていて別格扱いでした。

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今回の展示には、寺山修司氏の友人や恩師、そして編集者に送った書簡や手書き原稿が数多くあり、人となりを理解するのに興味深かいものがありました。

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享年47歳、一時代をあっと言う間に駆け抜けていった天才寺山修司でした。亡くなってからもう30年経ちますが、こんな台詞とともにいつまでもオヤジを鼓舞し、揺すぶり続ける存在であります。( 昨年3月、青森三沢の記念館で、寺山ドールとハイタッチするのはオヤジの手)

 ひとの一生かくれんぼ
 あたしはいつも鬼ばかり
 赤い夕日の裏町で
 もういいかい
 まあただよ

 百年たったら帰っておいで
 百年たてばその意味わかる

 かもめは飛びながら歌をおぼえ
 人生は遊びながら年老いてゆく

 人はだれでも
 遊びという名の劇場をもつことができる

 どんな鳥だって
 想像力より高く飛ぶことはできないだろう

 わかれは必然だが
 出会いは偶然である

 野に咲く花の名前は知らない
 だけど野に咲く花が好き

 人生はたかだか一レースの競馬だ!

という事で、今日は大雪予報が外れて雪はもう止んでしまい、夕方を迎えようとしています。青森三沢は雪に埋もれているだろうかと思いつつ、そろそろ残念雪見酒の準備を!またね! 

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