遠野より帰還 その1

ご無沙汰しています。先週金曜日の深夜、自宅へ戻りました。

今回の岩手県での震災ボランティアは、神奈川県の社会福祉協議会が組織している団体に参加しました。スケジュールは、火曜日に横浜を夜21時に出て、バスの車中1泊、現地施設で2泊、金曜日にバスでまた横浜へ22時に戻るという3泊4日でした。

活動拠点は前回と同じ岩手県内陸、遠野市にあるボランティア団体〈遠野まごころネット〉の施設を基点にして、水曜日は沿岸部の釜石市の箱崎地区へ、そして木曜日は遠野から大槌町へ移動しました。横浜から参加は約25名で、ほぼ全員が同じ作業を担当します。

被災地区では大きな瓦礫は既に撤去されていますが、色々な要望が被災地区から〈遠野まごころネット〉に寄せられて、優先順位を付けて、その日毎に作業が割り付けられます。

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画像は箱崎地区での作業中の休憩の様子です。依頼された方は現在は仮設に住んでいますが、流された自宅の跡地で畑をしたいという要請があり、その作業となりました。津波でこの土地は表面から深さ20センチくらいまで海砂を被っていて植物が育たない状態なので、その表面の砂を削って運び出し、土を掘り起こし、でこぼこになっている土地を畑用に平らにする作業であります。

簡単そうな作業ですが、地中からは津波が運んだ大小の石や瀬戸物のかけら、金属、ガラス、衣類の切れ端、割れたレコードなど生活雑貨の様々なものが砂と一緒に出てくるので、それを仕分けて、ネコ車という台車に乗せて、近くにある瓦礫置き場と土砂置き場まで運搬します。

   セカンド・volunteer

  ボランティアも二度目なら~
  少しは上手に
  ネコで瓦礫~ 運びたい~ 

              中森飽きない

ネコは探偵団でもコンクリ工事で使用しているし、前回も土砂運びはしているのですが、夜行バスが着いた朝からの作業なので眠りは十分ではなく、重たいネコにふらふらしつつ、気温はどんどん上がり汗だくだく、くたくたとなり、一日目の作業は14時半くらいに終了しました。まだまだ修行が足りませっしぇん、を自覚して沿岸部からバスで約1時間半、遠野まで戻りました。

この移動時間について思う事があります。震災当初は沿岸部が被災していたため、この宿泊施設のある内陸部から移動してのボランティアは大変有効に機能していましたが、被災地が落ち着き、今度は沿岸部と遠野の片道移動約1時間半をどう評価していくかも課題だと思いました。

と真面目に考える振りは止めて、大汗をかいたので拠点近くの銭湯へ行く事になりました。勿論、施設にはシャワー、風呂があり、一人15分間の制約付きですが無料で借りられます。しかし最近になって、銭湯好きとなっています。先輩リピーターが教えてくれた亀の湯へ数名と共に出かけました。

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ここが遠野、亀の湯です。施設から徒歩10分ちょいの距離です。銭湯の壁には亀の形が塗り込まれていて、ちょっと風情があります。深い湯船は狭くて3人~4人で満杯ですが、話好きな番台の女将さんの存在も含めて好感度は高いです。

そしてここからが、今回の収穫ですが、施設内では飲酒禁止のため、銭湯後にですね、遠野駅に出て、そこのキヨスクでビールを買って、構内のベンチで宴会です。

これまた先輩リピーターのお知恵なのですが、16:59分発のJR釜石線が出てしまうと遠野駅の構内は約1時間くらいは無人となる事でした。えっへへへへっ。ここで缶チューハイ、ウィスキーの水割り缶とのりピー、そしてまた缶ビールを頂きまして、それで帰るかというと、ここはドブロク特区の遠野ということで、ドブロクを飲みにさらに居酒屋へ。まだ、発酵途中の強烈なドブロクをコップで三杯ほど頂きましたが、初日は反省会が20時からあるので、無償労働者達は禁酒施設へ早めの帰途につきました。

反省会は酒も入っているので活発な発言が多く、瓦礫撤去作業での休み時間の確保徹底、そして今回の被災者向けの個人菜園支援が震災支援として相応しいか、個人の細かいニーズなので被災者の方もこの作業を一緒にすべきでは、さらにどんな要望でもそれに奉仕するのがボランティアという方もいて、色々な意見や本音が出たのは、団体で来ているメリットと感じました。個人ボランティアの場合は、なかなか意見を言う場がありませんでした。

そんなこんなで約40分の反省会は終了。そして消灯は22時、肉体作業にドブロク、という最強の組み合わせの後は、飯場のような仮設の広間に9名で雑魚寝です。ヨーガはあっというまに遠野の夜に轟沈しました。

 ドブロクに 酔いて5月の 雑魚寝かな 

追伸:最初の作業となった箱崎地区の補足
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画像は一日目に菜園造成作業した場所のそばにある、廃校となっている箱崎小学校の屋上からの風景。五月晴れ、風やや強く、鯉のぼりが元気に泳いでいます。

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そしてこの箱崎小学校の一階の壁にあるマークは、バツ印が遺体発見、マル印が遺体回収を意味しています。昨年12月にボランティアに入った時の指示では、写真撮影はほとんど不可でしたが、今回は現在住民の住んでいる地区を写さなければ、この震災を風化させないためにという理由で撮影は可という事でした。それで、こうやって駄ブログにも掲載です。

とりあえず一日目の作業をアップします。続く、、、、。   

                

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