追憶の仙台、そしてルーツへ

昨日は仙台の思い出酒コースを辿りましたが、夕方着では三軒しか行けずでした。

過去の仙台日記にも登場した、上海食堂「カイリン」、そして餃子の「八仙」、安くて旨い鮨屋 「すし勘」を転戦しました。

最初の上海食堂、中国人の徐さんが覚えていてくれて嬉しい限り。6年前、仙台を出る時にいらなくなった冷蔵庫(まさか、すぐに大阪で必要になるとは、、、!)を引き取ってもらったのですが、律儀な徐さんはその事を忘れないで、昨日はいのししの煮込み、そして18年ものの紹興酒を奢ってくれました。タカリに行ったのではないですが、ありがたく頂戴しました。ほろり。ビール中瓶と紹興酒コップ1杯。お土産も頂く始末で、、、、。

そして2軒目は、仙台の名店、「八仙」です。当時、カウンターには婆軍団が4人いたのですが、全員無事でオールスター打線で迎えてもらいました。少量ですがイノシシを食べていたので、餃子は一人前だけにしましたが、餃子を包むじいさんも健在で、やはり最高に美味しい味の餃子でした。そして餃子は追加せず、なんとお通しのホタルイカの酢味噌が美味しかったので、追加と再追加で三つも我が儘な注文を入れました。ここで紹興酒を二合。

最後は鮨を三カンほどツマんでギブアップしましたが、「鮨かん」は板さんが全員若手になっていて、伝統が途切れたのは残念。ここでハイボールと温カン一合。

昨夜の仙台、昨年亡くなったT団員が定宿にしていた白萩ホテルに泊まりました。和室の部屋ですが、ここに本人が炊事道具を別便で送り込み、夕食宴会をそのホテルで共にしたことがあります。目から鱗の遊び方でしたし、酒を楽しむ本当の遊びの天才でした。合掌!

それにしても仙台の街は活気があって昔の店がほとんど残っているのが印象的でした。歩いていてうきうき、飲んでうきうき、話してほろりでしたがまだまだ行きたい店は5~6軒はありました。

そうそう、それでここに定期的に飲みにくるというのはありかも。五時間半くらい掛かりますが、高速バスの昼運賃は片道3000円です。ねっ、結構ありでしょう。

さて本日は我が家の男系ルーツ、岩手県沿岸部の宮古市を盛岡経由で訪問しました。あの日、すぐ宮古駅近くの漁港の防潮堤を津波が乗り越えたのですが、その防潮堤の実物を確認出来ました。宮古はまだ復興途上で、小学校の校庭には仮設住宅が立ち並んでいました。段々と支援の仕方や中身も変化しなくてはいけないと思うものの、一年経ってもまだ仮設かよって、スピードの遅さを確認出来ました。

ということで本日は、仙台から盛岡にバスで到着してから、宮古までピストンはJRで往復4時間強を滞在2時間使って6時間ぶりに盛岡に戻りました。行きのJR山田線は快速車両の先頭車、鉄度満点の運転手後方座りました。列車は雪の残る美しい野や山や渓流を過ぎていきますが、トンネルをくぐる度に汽笛を聞くことが出来ました。単線で過ぎ行く景色を見ながら、列車の起動音、そして汽笛を聞くと切なくなるのはなぜでしょう。

  残雪や これからどこへ 汽笛鳴る 

昨日、飲み過ぎで二日酔いですが、これから盛岡の街でまた飲みます。またね。そうそう、ブルース・リーの名言、Don’t think ! Feel ! であります。

えっ、それじゃ会社員時代と同じで、今も昔も何も考えてないって? むむむっ。わたくしのばぁあい反論出来ましぇん。@@;ただ飲むのみ。

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