明日はダービー、遠い昔話

昔々、渋谷や新宿、そして横浜の場外馬券売り場に二十歳過ぎの若造が出入りして、外れ馬券を買い続けていました。確か当時は、学生が馬券を買うのを禁じられていたように記憶しています。

まだヨーガが大学生だった1973年、中央競馬は第一次競馬ブームといわれるような盛り上がりを見せました。その主役はハイセイコーという競走馬で、地方競馬(大井競馬場)で衝撃のレコード記録でデビュー戦を勝ち、常に2着馬を7馬身以上離して勝つという圧倒的な強さを見せて中央競馬へ移籍を果たしました。そしてダービーまでに通算10連勝していく様は、地方出身の労働者が都会の大実業家へ出世していく成功物語としてとらえられ、大衆から圧倒的な支持を集め、ダービーではダントツの一番人気となる存在となりました。しかし、しかし、そのダービーでは、ゴール手前でタケホープ、さらにイチフジイサミにかわされて3着という結果となり、時代に大きな失望と落胆を与えました。ところが、今度は悲劇のヒーロー的な扱いと同情に変わり、ハイセイコーは昭和の高度成長期からオイルショックを迎えた時代を駆け抜け、人々に記憶される存在となりました。伝説のハイセイコーの誕生です。

なぜ、突然ダービーの話になったかといえば、ちょっと話は長くなりますが、昨日、突然、仕事の組織変更関連で、やってられないぜ状態となり、目の前に座っている上司といえば上司から、珍しく酒の誘いがありました。やってられない内容事は昨日の昼過ぎにも相談を受けていたので、私にも関連しており、それはもっともだ、という事で久々の仕事酒となりました。

一応の愚痴り酒となり、一軒目終了。上司は帰宅しましたが、それで収まるわけはなく、二軒目は自宅のある駅に戻り、天神橋商店街で酒屋の立ち飲みへ突入。

ほぼ8割は常連で占められるカウンターの真ん中に立ち位置を確保。いつもは阪神タイガースの中継に一喜一憂のカウンターですが、昨日は中継もなく、なにやらスポーツ新聞モード。ちらほら馬の名前や騎手の名前が出て参りますが、なにやら華やいだ盛り上がりがあります。マスターに聞いて見ると、今度の日曜日にダービーがあることが判り、その雰囲気に納得しました。

そう、そう5月はダービーだったねと、突然、カウンターでタイムスリップしてしまいました。あのハイセイコーが活躍した時代、口に出せない、あんなこと、こんなこと、負けていった馬の事も思い出し、東京から遠く離れて今こうして定年前の中年となり、関西人に混ざって平気で酒屋の角打ちで飲んでいる事が、とてつもなく遠いところまで来ているんだなという気持ちにさせました。カウンターで飲む酒はジョニ黒、当時は高級酒で手も足もでませんでしたが、ストレート・グラスで飲むウィスキーは苦く、せつなく喉を通過していきます。

38年前のダービー、勿論、馬券は外れ馬券となりましたが、当時の生活に競馬のスケジュールが入り込み、季節とともに馬券を買って一喜一憂していた頃に思いを馳せました。ハイセイコーは10連勝して臨んだダービーで負け、その後は11レースを走り、わずか3勝しかできませんでした。一流馬にはなれなかったけれど、その存在はヨーガにとって色濃く、思い出深い競走馬として燦然と輝いています。

旅の先 もう一つあるのか ハイセイコー

そうです。あと何戦出来るのだろうか、まだまだ旅は続きそうな気配です。ハイセイコーを思い出しついでに、たまには馬券でも買ってみるかね。三歳牡馬にとっては一生に一度のダービーだもの。

またね。

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明日はダービー、遠い昔話 への3件のフィードバック

  1. MARK AKIYAMA より:

    思えば遠くへ来たもんだ。
    ところで、微熱の小節はどうなった?

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