小説第2弾

ようやく、恥の上塗り小説の不定期掲載の第2弾です。昨年の4月29日号の続きです。とても遅くなり、すいませぬ。事実とフィクションが混ざっていますがかなり事実に近いです。カテゴリーに小説という項目を設けましたので、以後、こちらからもアクセスできると思います。


夜半、微熱の頃を過ぎても  連載第2回


 ◆2章 バリケード封鎖への誘い

1969年とは、アメリカのウッド・ストックで40万人を集めた伝説のロック・フェスティバルが開催され、ロック音楽史上最も輝かしい年の一つであるとともに、日本では1960年に続き、10年毎に日本とアメリカの軍事同盟である日米安全保障条約が更新される1970年が近づいてとても騒然とした年であった。 

1970年からさらに10年間の条約延長しようとする日本政府とアメリカ政府の動きに対して、1969年は、左翼勢力を中心に、遂には過激派とよばれる集団が先鋭化、武装化し、条約締結を絶対に阻止するという壮絶な争いを政府に向け仕掛け続けていた。当時のアメリカは共産主義勢力からベトナムの民主主義を守るという名目のもとにベトナムに派兵し戦争を継続していた。 

世相は、70年安保条約破棄とベトナム反戦を大きなテーマとしながら、硬直した日本の政治・社会システムそのものへの造反も様々な場所で繰り広げられていた。この政治の季節、その戦いを担っていたのは、労働者よりも大半が大学生であり、大きな政治テーマを掲げながら、各大学では学費値上げ反対や大学自治についての自主管理を求めて校舎は次々と政治色の強い学生達に占拠、バリケード封鎖され、大学機能が麻痺する事態へと発展していた。そして、それは遂には都立高校にも波及することになる。 

ロック音楽と反体制の政治活動、それぞれが絶頂を迎えていた1969年に高校3年生であるということは、幸せだったか、不幸せだったか、今となっては判別するのは難しいかもしれない。そんな時代の頂で18歳のHの同級生たちは、大学受験に没頭する者、政治活動に目覚めて外部の政治集会に加わる者、未練たらしくスポーツの部活を続ける者、ひたすらロック音楽を聴いている者、悩みながらもどれにも加われず傍観している者、それぞれはバラバラに存在しながら時代が変わる節目にたどり着いていた。 

1969年、人間性を回復しようという史上最大規模のロック・フェスであるウッド・ストックの開催と日本の政治状況を変革しようという動きはまったく違うようで根っこではつながり、世界の到る所で、ロック音楽は新しい時代の音楽として熱狂的に支持され、そして政治体制に対する不満は、大きな変革の渦巻きとなって吹き荒れていた。

バスケット・ボール少年のHは、高校受験の時のように、ひたすら受験勉強をする意味、そして有名大学を目指す事の意味が薄れはじめていた。良い高校へ入学し、良い大学へ進学し、良い大企業へ就職して、安定した収入を得るという高度成長期の日本での成功物語の価値がわからなくなってきていた。当時の世界はほぼ社会主義国陣営と自由主義国陣営に分かれ、その勢力の優劣はまだ決着がついておらず、両陣営の代理戦争の場となったベトナムでは毎日、ベトナム民間人、ベトナム人民兵(通称ベトコン)そしてアメリカ兵がたくさん死んでいった。アメリカには、ポピュラー音楽と民主主義・資本主義・自由主義そして帝国主義が同居し、H達にとってアメリカは憧れといやな部分が同居する存在だった。

灰色の三階建ての校舎には同じく灰色の屋上があった。校舎の屋上はところどころひび割れして痛んでいるところがあったが、早朝サッカーを終えたDHを誘い、人気のない校舎の屋上へ行き、そのコンクリートの床に座った。屋上には風はほとんどなく、弱い冬の日射しが二人を照らしていた。

  Dは辺りを見回して、誰も居ないことを確かめるとボソッとつぶやいた。



「来週の月曜日、遂に決行することになった。Hはどうする。」

  Hはまだ決めかねていたが、多分、参加することになるだろうと思っていた。この計画の中核メンバーが主張する、生徒会・文化祭の自主運営、服装の自由化要求、高校生の政治活動禁止反対などについては共感するものの、どうでも良かった。激動している世界、そして日本を尻目に、硬直した現状をそのまま肯定して、何事も無いように大学受験を強要する高校教育、教師にうんざりしていた。そうだ、今は立ち止まる時だという思いが心を占めた。立ち上がるのではなく、立ち止まるのだと。一度、硬直した日本の受験高校としてのK高校のあり方を止めてみたかった。

 「参加するよ」



Hは立ち上がり、ズボンのお尻あたりの埃を払いながら歩いて屋上の端へ進んだ。屋上から風のグラウンドと呼ばれる校庭を見下ろしてみた。今日も風が強く、砂埃が続々と登校する生徒達にふりそそいでいた。来週の月曜日はどうなる。ここが、この高校が封鎖され、みんな立ち止まることになると思った。沢山の人を巻き込むことになると思った。  

  冬なれば 時代を巻き込む つむじ風     

【続く】


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小説第2弾 への4件のフィードバック

  1. 豆ぞー♪ より:

     ん~。1969年…コーワのケロちゃん好きさに薬剤師を目指していた豆ぞー♪でしたが母に「薬科大に行かんと薬剤師になれんにぃ」 と言われ、あえなく断念。4歳の幼稚園児、将来の夢に破れ、現実直視した年でありました。

  2. ヨーガ より:

    豆さまへ書き込みありがとうございます。4歳で既に職業の心配、参りますね。遠い昔のことを思い出して、書き溜めると脳が動くのが分かります。続く!

  3. おが より:

    おはようざーまっす。なんとこの時代の主役の一人”加藤和彦”氏の訃報がありました。沢山の素晴らしい曲は、いまでも心に残り譜面を見なくても歌える名曲ばかり謹んでご冥福を祈るばかりですね。そしてこの時代の主役:学生運動の渦の中に溺れて行くのか・・・期待は増すばかりでありんすえ~走馬灯のように時代を感じながら「微熱・・」を拝読しタイムスリップしております。

  4. ヨーガ より:

    おらは死んじまっただぁー、としゃれにならないしゃれを残して、逝ってしまいました。やることが無くなったと言わずに飄々と生きていてほしかったです。ヨーガ、この小説を書き上げるまで、がんばりまっしゅ。酒はうまいし、ねぇーちゃんはきれいでしょうか?なにも自分で逝ってしまうことは無かったのに、合掌!!!!

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