大阪にて!寛ぐの巻

一昨日の夕刻、空は荒れ模様でしたが、秋田発の伊丹空港行きは定刻を10分遅れで無事に出発。
 
大阪にとったホテルは、よく確認しなかったのですが、御堂筋を入った通称アメリカ村という繁華街にあり、21時過ぎにチェック・インとなりました。空港から難波へ向かうところで、道路脇にリアカーで寝ているホーム・レス、ホルモン焼き屋、どぎついネオンを見ると血が騒ぎました。
 
その15年ほど前には同じ会社の別事業部だつたのですが、大阪で仕事をしていたこともあります。
 
ホテルにチェック・インしてすぐに、街に飛び出しました。ここ数年、日帰りの大阪は何回か経験していますが、泊まりは久しぶりでした。道頓堀へ行くと、グリコです。グリコ。
 
 
そしてうろうろしているとありました。本日の居酒屋、どーみてもここしかないという、このノレンです。 
初めて入る居酒屋は、結構、緊張するのですが、夜の盛り場で、もうなん十回も失敗してきた経験は、かなりの確度で良い店を発見する勘も養っています。
 
さて、びゃくれん は?
 
大正解のおでん屋さんでした。カウンターは約20席、老女と中年の女性と若い女性と三人で、お客に対応しています。雰囲気は良く、メニューはおでんしかありませんが、美味しい薄味のおでんです。
 
常連が寛いで、なおかつ若いカップルもすんなり店に溶け込み、と絶賛していると、れれれっ。
 
女将さんと思われる老女は、カウンターの端に座り、お勘定専門でして、ソロバンをぱちぱちはじき、請求額を出して、中年の女性と若い女性が持ってくる代金を仕舞い、お釣りを渡します。これが、かなり時間がかかります。ここらへんから、疑問符が少しずつ点灯して参りました。
 
 
その他にも、まあ、あまり詳しく書くと営業妨害になるので、大正解がですね、ちょい正解ということで、生ビール、熱燗一合、大根、ニラ、豆腐、キャベツロール、茹で玉子で締めて、2900円。大阪弁を聞きながら、このお味で、このお値段、良心価格でした。
 
 
しかし、先ほどの自信とは裏腹に、初めての店は難しいものですが、量販店の居酒屋より血の通ったお店なのは確かなことです。出張して、居酒屋ぶらり、失敗しても、成功しても、また楽し!
 
さて、大阪で飲んだらこの歌を歌うしかありません。1979年のヒット曲。こんな経験がないのにもかかわらず、そんな気にさせる名曲でした。当時ヨーガは28歳、結婚の翌年だったらしいのですが、この曲を知ったのはもう少し後だったような、た確かめようがない、電信柱に染み付いた記憶かもしれません。しみじみ。
 
大阪で生まれた女

BORO 作詞/作曲

踊り疲れたディスコの帰り
これで青春も終わりかなとつぶやいて
あなたの肩をながめながら
やせたなと思ったら泣けてきた
大阪で生まれた女やさかい
大阪の街よう捨てん
大阪で生まれた女やさかい
東京へはようついていかん
踊り疲れたディスコの帰り
電信柱にしみついた夜

たどりついたら一人の部屋
裸電球をつけたけど又消して
あなたの顔を思い出しながら
終わりかなと思ったら泣けてきた
大阪で生まれた女やけど
大阪の街を出よう
大阪で生まれた女やけど
あなたについて行こうと決めた
たどりついたら一人の部屋
青春に心をふるわせた部屋

大阪で生まれた女が今日
大阪をあとにするけど
大阪は今日も活気にあふれ
又どこからか人が来る
ふり返るとそこは灰色のまち
青春のかけらをおき忘れたまち
青春のかけらをおき忘れたまち
 
 

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