会津南部は思い出の地だった!

昨日、出張で訪問した会津田島は初めての土地でしたが、15年前、この近くの湯野上温泉に浅草から旅行に来たことを思い出して、ちょっと苦笑い。( 15年前っちゅーと40歳か、と遠くを見つめるオヤヂではあります。)
 
以前は南から、今回は北からアプローチということで、サンドイッチ訪問、つながっているとは露知らずでした。ここらへんの土地の人は、トーキョー行くにも郡山経由の新幹線ではなく、東武線で浅草へということでした。
 
出張のあとは、会津探検と思っていたのですが、1時間に1本の会津鉄道や、磐越西線、そして乗り換えの新幹線ということで、接続を間違えると帰ってくるのが大変なので、往復7時間の旅は、車窓だけの会津となりました。
 
そして、帰りの新幹線で発見した、トランヴェール6月号( JR東日本の情報誌で、東北新幹線の座席にあります。結構、特集がちゃんとしていて面白いので、愛読しています。)の特集は、南都雄二じゃなかった、ナント、会津若松ということで、帰りの新幹線は、車窓+資料拝読の旅にグレード・アップ。
 
その雑誌で、会津藩の基礎を築いた戦国大名、蒲生氏郷の記事を拝読、勉強になりました。まだまだ、知らないことばかりの日本。知っているつもりの自分。会津出張で急に身近になる 蒲生氏郷、歴史小説好きの友人に今度聞いてみるネタができました。
 
追伸;会津の田植えは今でした。会津鉄道は、野口英世が電車のボディー。美味しいものはお預けでしたが、新緑を満喫。
 
追伸: 昨日のW杯前のドイツとの親善試合。これで1次リーグは、勝ち負けのレベルまで行けると確信しました。ということは、1勝1敗1分で、そして決勝リーグに行けるかは得失点差かという予想です。
 
 
 
 
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会津南部は思い出の地だった! への4件のフィードバック

  1. 豆ぞー♪ より:

    会津は遠い、会津は広い、2つも3つも
    山を越え、峠を越えて…。
    お疲れ様でした。
    列車の野口親子は何か気の毒です。
    風当たりが強そうで。

  2. yoyoyo より:

    去年の秋「浅草から電車に乗って
    そちらの方に紅葉を見に行きたい」と
    母が言っていました・・・残念ながら
    行くことは出来なかったのですが
    なにやら車窓からの景色がいいのだとか
    申しておりました。
    今年はちゃんと計画しようかと思っています。
     
    帰国してくる田中選手、気の毒です。
    加地選手も大丈夫でしょうか?
    とても心配です。。。

  3. ヨーガ より:

    豆さまへ
    確かに、ふかーいふかーい山山でした。ふむふむ、会津鉄道のおかんも、確かに寒そうでしたと、あいづちをうつオヤヂです。
     
    yoyoyo賛江
    新緑と、紅葉はぜひ親孝行を。
    会津は蕎麦も野菜も馬刺しも酒もうまいらしい。
    そして温泉、、、これで仕事しかできない甲斐性なしです。
    ( 山梨は責めてません。会津を誉めてます。)
     
    W杯、こーなったらあばれまっくったるねん。(どーやって?)
     

  4. 豆ぞー♪ より:

    会津についての知ったかぶり。
    ①会津若松の白虎隊の若者は信州
     出身者だったらしい、地元の人なんて
     少なかったみたいよ~。
    ②会津塗りという漆器がありますが、
     売っているのは会津で、作っているの
     は、豆母実家の信州で作られてます。
    今日は、恐ろしい秘密を教えてしまった。
    世の中そんなものなのね~。

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